デールカーネギー「こうすれば必ず人は動く」読了

   

Kindleで割と安く販売されていたデールカーネギーの「こうすれば必ず人は動く」を読了したので、簡単にコメントを書いてみます。アメリカ大統領選挙を目前に控えた今、デールカーネギーの考え方がトランプ大統領候補の考え方と被さって見えるのは気のせいでしょうか?

この本のタイトルは同じカーネギーの「人を動かす」と似ているので混同することもあるかと思いますが、全く異なる本です。ただ、内容的には「人を動かす」のベースとなっていることは確かです。デールカーネギーのラジオ講座として「こうすれば必ず人は動く」というものがあり、そのシナリオを文章にしているのが本書です。メインテーマとしては人を動かす方法、つまりはマネージャとして生きる方法について述べられていますが、ラジオ講座ということもあって書籍ではないリアルな事例が取り扱われています。実際のラジオ講座ではシナリオ中の登場人物がそのまま登場したのでしょうから、リアルで当然ではありますが、これらの人物が直接カーネギーと討論することによって、このカーネギーの考え方の信憑性が高まっていることは確実です。

自分が間違っていることが分かった場合に、どのようにするかというテーマが第一章で扱われています。ルーズベルト大統領でも四回のうち三回でも正しい判断ができれば満足と表現しているように、正しい判断を下すというのは、たとえ大統領並みに情報が集まっている立場であったとしても難しいのです。その辺は情報を集めたからと言って勝率の改善には結び付かないことを著名な投資家達が述べているのと通じる部分があるようにも感じます。そのように間違っている判断を下すことはとても多いのですが、そのときにどのように立ち振る舞うのかが重要になってきます。自分の過ちを認めて非難を受け入れるべきでしょうか?相手と口論して相手を怒らせても得るものは何もないとカーネギーは本書で述べています。自分の望む結果にはならない以上、口論をすることに値打ちは全くありません。「間違いを犯したと気が付いたら速やかに十分にそれを認めること」こそが重要だということが第一章の結論です。

相手が間違っていることに気が付いた場合、あなたはどのように振舞うべきなのでしょうか?本書の中ではある若い弁護士が裁判で、裁判官の法解釈の誤りを指摘した結果、裁判官の怒りを買い裁判で敗訴したという悲しいストーリーが扱われています。第二章ではリンカーン大統領が自分の意図に逆らったミード将軍の処遇について扱っています。リンカーン大統領はミード将軍を処分することも大統領の立場としては十分に可能ではありましたが、そうしませんでした。そのようなことをすればミード将軍に反論に機会を与えることになり、北軍全体の混乱にもつながり兼ねなかったからです。「だれかを非難したい衝動に駆られたならば、紙もジリジリ焼け付くような手紙を書いて、それを二、三日置いておき、考えてみるのです」と書かれています。数日の時間をおくことでたいていの怒りは収まります。そして、それこそが不要な諍いを防ぐことにつながるのです。

リンカーンの有名な言葉に「自ら裁かれることを欲しないのならば、人を裁くことなかれ」「誰に対しても悪意を抱かず、すべての人を慈しむ」というものがあります。前述のミード将軍の処分の件ともつながりますが、このように人が間違っていると思えても、それをそのまま相手にぶつけて非難することは最悪の結果を招きます。人を非難するまえに、一度冷静になって考えを整理してみることが大切です。それこそが人を動かすという考えのなかで重要な考え方になってくるのは間違いありません。

第三章では人のことは考えず、自分にしか興味が無いというダグラス・グレゴリーさんが主役として登場してきます。実に著者に似た考えの持ち主であり非常に親近感を覚えます。他人には無関心なので第二章のように人を非難することは決してありません。その点ではリンカーン並の将来性がダグラス・グレゴリーにはあると言えるでしょう。ただ、リンカーン大統領とは異なり、ダグラス・グレゴリーの人生はうまくはいきませんでした。他人を非難していないのにも関わらずです。彼は食料品店を経営していましたが、週の収益は40ドル程度にしかならなかったそうです。第三章のメインテーマはお客様の悩みを解決することだそうです。ダグラス・グレゴリーはお客様の悩みを解決するように態度を改めたことで週80ドルに売り上げを倍増させることに成功しました。

第四章ではカーネギー本人についても登場しています。カーネギーについて改めて述べなくても、ここまで読んで頂けた読者の方は十分に承知とは思いますが、世界の鉄鋼という呼び名を得た人物です。さて第四章のテーマは褒めること。誉めるにもいろいろな方法があります。適当にやってよいものではありません。相手が間違っているときに相手に気づかせようとするのはたいていの場合にダメになるということは第二章で扱われています。しかしながら、相手になんらかの変化を与えたいことも現実にはあり得ます。この場合には放置しておくしか手段はないのでしょうか?そんなことはありません。重要なのは相手の反感を買い、反抗したいと思わせずに協力したいという前向きな意思を相手自身の力で向けさせることにあるのです。まあ、この第四章で取り扱われるストーリーには若干無理がないこともありません。みんなマイクのように考えてくれるとよいのですが、うまくいかないかもしれませんね。ただ、相手を無意味に辱めてはいけないのです。誉めるということよりは辱めないとうことに力点をおいて行動すべきなのです。「その人自身の過ちに気づかせなければならないのならば、その人の感情を傷つけないように、上手に、思いやりをもって行うこと。その人の面目が保たれるようにすること」というのが第四章の結論でした。

怖いときには怖いと言うこと。というのが第三章のテーマです。先ほどまで第四章と書いていましたが、なにかカウント方法が間違っていたようです。第三章では恐れる心の危険性について語っています。あまり恐れが多いと人生をうまく渡り歩いてはいけません。全ての人間は赤ちゃんからスタートするわけで、大人から始まる人間というのはいないのですが、赤ちゃんの恐怖心というのは二種類しかないということが実験で証明されています。つまり、大きな音と落ちていくことに対する恐怖の二種類の恐怖しか赤ちゃんは感じていないのです。つまりそのほかの対人恐怖などの恐怖は後天的に成長に伴い身に着けてしまったものなのです。よく人見知りする赤ちゃんという言われ方をしますが、そんな赤ちゃんは存在しないのです。人見知りするように後天的に身に着けたから人見知りしてしまうようになった赤ちゃんなのです。そのように後天的に身に着けたものであるからこそ、自分自身の力、取り除くことも出来る恐怖なのです。

そうは言っても、どのようにして、気持ちを入れ替えていけばよいのでしょうか。大切なのは思い込むことです「胸を張って自分は強い人間だと体を使って表現する」ことこそが大切です。また「失敗などありえない」と考えることも肝心です。このあたりの考え方は「引き寄せ」関係の考え方と共通するものがありますね。たぶん引き寄せもここから引用しているのでしょうが。また「自分のことを考えるのをストップ」するというのもあります。自分ではなくほかの人に関心を寄せてみましょう。自分が他人からどう思われるかという点に恐怖を覚えるほど馬鹿馬鹿しいことはありません。他の人は誰もあなたに興味は無いからです。全ては錯覚から来る恐怖なので打ち勝っていきましょう。そして本章のテーマでもある怖いときには怖いと言ってしまいましょう。怖いことなど無くなってしまいます。

とりあえず、今日はこの辺にしておきましょう。
続きはまた後日に。

 - カーネギー